2009/11/11

森を見て木を見ない話(3)

3.3つのカレン人政治団体

さて、日本のカレン民族政治組織はOKA-Japanを除けば、このKNF-Japanと在日カレン民族協会KNA-Japanの2つがある。どちらも、 OKA-Japanより先にできた団体だ。KNF-Japanはビルマ国境でビルマ政府と戦っているKNFの下部組織で、MさんはKNF日本代表を務めている。KNA-Japanは国際的カレン人組織のKNAの承諾を得て、日本でKNAの名を使っている組織である(つまり、KNAは組織構造的にKNA- Japanを下に置いているわけではなく、またKNA-JapanもKNAの指示によって動いているわけではない。どちらも組織としては独立している)。

すでに2つもあるのに、どうして3つ目が必要なのか、そう思われる方もいるかもしれないが、やはり長くなるのでここでは説明しない。ただ、会の結成時には15人のメンバーが集い、さらに3ヶ月後の6月には会員数が20人になっていたこと、そしてこれは他の2つのカレン人組織それぞれの会員数よりも多かったことを指摘すれば十分だろう(今なおOKA-Japanは日本最大のカレン人政治団体だ)。

もっとも、これには少しトリックがある。OKA-Japanは設立時の方針として、他の組織に所属している人でも積極的に受け入れたのである。だから、OKA-Japanだけにしか所属していないという人はそれほど多くはなかった。

組織のなかには、基本的に他の組織への参加を好まない排他的なメンバーシップをとる組織と、そうでない組織がある。OKA-Japanはその意味ではオープンなメンバーシップでやっていこうと決めていた。だが、それは会員数を増やしたいからという理由によるものではなく、良い組織というものは常に誰でも受け入れ、また会員が組織の外で活躍することを促すものだからである。

だから、OKA-Japanのメンバーはさまざまな背景を持つ人ばかりだった。KNA-Japan、KNF-Japanばかりでなく、国民民主連盟解放地区日本支部などのビルマ人の多い組織に所属している人もいた。後にやめてしまったが、モン民族の人も参加していた。

KNF-Japanは自分たちの会員が他の組織に加わることについて特に反対はしなかった。そんなわけで、KNF-JapanとOKA-Japanとの双方に籍を置いて活動している人は今なおいる。しかし、KNA-Japanにはこのような2重のメンバーシップは受け入れがたいようだった。それで、KNA -JapanのメンバーでOKA-Japanに加わった人は、後にどちらの組織に所属するかの選択を迫られることとなった。KNA-Japanのメンバーとともに3年のあいだ活動し、メンバーではなかったが「スポークスマン」という役職を任されていたぼくもそのひとりであった。