2012/06/15

アラカンとロヒンギャ(3)

ここで日本語を取り上げてみよう。

日本語では「血のつながりを前提とする(たいていの場合フィクショナルなものであるにしても)文化的な集団 」をしばしば「民族」と呼ぶ。そして、ビルマにおける同様な集団についてもそれらがビルマの「民族」であると考える。

これは日本語としては特に問題はないが、ビルマの人々の考えでは「民族」であることは、すなわちタインインダーであることを意味する。すなわち、タインインダーを離れて民族は存在しないのである。

これは英語のethnicでも同様で、ビルマの人々にとってはビルマのethnicとはタインインダーであることと同義なのである。

しかし、われわれ日本人にしても、英語話者にしても、そんなビルマの事情はまったく知らない。そんなわけで、カレンでもビルマでもアラカンでもチンでもロヒンギャでも、われわれはすべてこれらが民族であると考える。すべてethnic groupだと考える。これはこれで間違いはない。

だが、ビルマのタインインダーたちにとってはこれは、つまり、ロヒンギャがタインインダーと同じく「民族」というタイトルを持つことは、大いなる間違いなのだ。なぜならば、ロヒンギャはタインインダーではなくしたがって民族でもethnicでもあり得ないのだから。

わたしは、アラカン州におけるアラカンとロヒンギャの対立を「民族対立」と呼ぶのは2つの点から問題があるとしたが、そのひとつがこれだ。つまり、この両者の対立を「民族対立」と呼ぶことは、少なくともアラカンの人々にとっては、とうてい認めがたいことなのである。なぜなら、そう呼ぶことで、ロヒンギャを「民族」と認めることになるのだから。

では、なぜ、ロヒンギャを「民族」のうちに、タインインダーに含めるのが問題なのだろうか?

これは、さまざまな歴史的経緯を考慮しなくてはならないから、簡単にはいえないが、要するに、タインインダーは、ビルマ国内で民族固有の領土(アラカン州、カレン州、カチン州といった民族州)を持ち自治を行う権利を持っているということに関係がある。もっとも、これは軍事政権により実質的には実現してはおらず、現在のタインインダーはこの実現のために長い間軍事政権と戦ってきたのであるが、それはともかく、ロヒンギャをタインインダーと認めることは、ロヒンギャのために何らかの民族自治圏を設定しなければならないことを意味するのである。

これはアラカン人にとっては大問題である。つまり、アラカン人が考える自分の伝統的領土が、ロヒンギャによって奪い取られかねないのだから。

だが、これをアラカン人とロヒンギャとの間の問題と捉えるのも誤りである。なぜなら、ロヒンギャに奪われようとしているのは、アラカン人の土地であると同時に、アラカン人が含まれているタインインダーの土地でもあるのだから。

すなわち、問題はアラカン人VSロヒンギャではないのである。タインインダーVSロヒンギャなのだ。ここを理解しないと、なぜアラカン人だけでなくビルマ全体がロヒンギャに対してかくも過敏に反応しているかが分からない。

これがこの問題を民族対立とすることが誤りである2つ目の理由である。アラカンとロヒンギャが対立しているのではない。それはあくまでも表面的な見方だ。本質的にはタインインダーとロヒンギャが対立しているのである。

それでは、この対立の性質とは、なんだろうか?

それにはこのタインインダーなるものの性質について再び詳しく考察する必要がある。