2012/09/19

牛久の日々(5)

午後一発目の面会、こいつは少々早めに切り上げた。日本語の話せない女性だった。話の弾まないこと。英語で少々。

成田空港で上陸拒否。それから半年以上もの間、収容所暮らしだ。日本に来たような来てないような。煉獄のような。

まあ、入管の収容所に収容されるってことは、どっち付かずの煉獄に落とされることですな。生きもせず死にもせず、何ならば国としちゃ冷凍保存したいところ。国境の深淵にゆっくり沈んでいく冷凍庫に。そうすりゃ、みんな喚かない。苦しまない。ハンストなんかしない。頭痛なんか訴えない。自殺なんかしない。国に送り返すときになって、ハイ解凍。仮放免許可が出てハイ解凍。日本のテクノロジー。だけど、囚われのハン・ソロみたいな具合にはうまくいかんのですよ。

わたしが入管に行きはじめた頃、2003年か2004年の頃、当時は3年収容なんてざらだった。だから、10ヶ月目だなんてほんとのところ、あんまり心配してはいない。そのうちきっと出られるから。でもこれはビルマ難民だけ。アフリカからはるばるやってきた難民たち、スリランカ難民たちなんかにとっては事態はもっときつい。面会に来る活動家たちがいなけりゃやってられない。

話はずれるが、ちょうどこのころ、収容者の間でハンストがあったらしい(今もきっと続いているかも……)。だが、ビルマ難民の中には、利口に立ち回る人もいる。下手なことして入管に睨まれたらというわけだ。なんにせよ、みんな生きるのに必死だ。あがいている。

それにしても面会なんてイヤな仕事だ。息が詰まる。もし俺が同じ立場にいたらと思うと。逃げ出したくなる。面会室から。落盤した炭坑に閉じ込められたような息苦しさ。いつ出られるか分からない。刑期なんてない。刑務所じゃないんだから。

一体何の罪なんだろう、とわたしはよく考える、この人たちがここに閉じ込められているのは。答えは簡単だ。日本人じゃなかったという罪だ。償いようのないのが難点だ。

ところで、ゾラの『プラッサンの征服』にこんな一節が。

「時々マルトは優しい気持ちになり、すっかり物思いに捉われて唇に上がる言葉は緩慢になり、流れ星の金色の尾を見ながら口をつぐむのだった。彼女は微笑み、少し顔を上げ、空を見つめていた。
『またしても、煉獄の魂が天国に入るのだわ』と彼女は呟いた。」

しかし、出たところで天国というわけにはいかんのだ、こっちの煉獄は。