2014/12/02

『アボーション・ロード』第7章 地の獄の囚人たち(3)

「大統領自身も、国会の議長たちもしきりに変化を口にしている。経済的状況と政治社会的状況とが、彼らにそう自覚させたのだ、自分たちが変わらなくてはいけないということに」 ココジーは椅子の背もたれまで身を沈め、肘掛けに腕を休めている。のりの利いた白いYシャツとアラカン民族スタイルの濃緑のロンジー。そしてそれらの前で、色の濃いしっかりした手が言葉にあわせて時に思慮深く動いたり、組み合わさったり。精悍で引き締まった顔つきは、ビルマでも日本でもどこでもいいのだが、写真術の黎明期に撮られたアジア人の高潔な肖像にでもありそうだった。「だが、問題は、新しく変わっても、制度が旧態依然のまま、ということなのだ。これでは新しいシステム、より民主的なシステムは機能しない。われわれの国は一人、あるいは少人数のグループが命令し、人々はこれにつき従うというのが古くからの伝統だった。しかし、今や権力の分割が必要だ。確かにいくらか民主化されたかもしれないが、それには自由化もともなわなくてはならない。つまり、旧来からの制限の緩和だ。しかし、地方の政府はどのように変わればいいのか分からないのだ」 落ち着いた深みのある声……こういう渋い声はなかなか聞けるもんじゃあない。「さらに、賄賂と腐敗の問題もある。大統領は先だって反汚職委員会の結成を宣言したばかりだがね……要するに、われわれの国には取り組むべき課題がたくさんある、ということだ。われわれの国の将来について非常に楽観的な分析や論評をする人もいる。確かに軍事政権下になされた変化はわれわれだって評価しないわけではない。だが、同時にビルマには非常にたくさんの課題が、チャレンジがあるということにも関心を向けなくてはならない。そして、われわれがこれらを解決しあうためにはかなりの成熟が必要であることにも。われわれ、88ジェネレーションの学生たちはわれわれのコンセプトである『ピース・アンド・オープン・ソサイエティ』の実現に向けて国中で活動を始めている。ほとんどすべての州と管区で、われわれは国民たちをエンカレッジしている。恐れる必要はないこと、生まれながらの権利を持っていること、言論の自由、集会の自由があることなどについて語ることで、人々に自信とやる気を与えようとしている。そのおかげで、人々は以前より多少勇敢になったよ。土地の強奪や労働争議、地方政府の不正などに対して勇気を持って立ち向かうようになったのだ。しかし、問題は、ビルマにはすべての問題を解決するためのちゃんとしたメカニズムがない、ということだ。とはいえ、われわれはビルマのために着実に前進している。そして同時に不法行為や妨害行為を告発しつづけてもいる。だが、その一方で、政府当局と協力するための共通の地盤といったものも見い出さなねばならないのだ。とても混乱した時期だ。簡単にいえばこんなところだよ」

作業中。

『アボーション・ロード』「第7章 地の獄の囚人たち」についてはまえがきを参照されたい。