2016/02/16

元キリンジ


難民不認定処分は不当だとわたしの友人のカレン人が裁判を起こしている。

わたしは彼にはそうとう世話になったので、彼の難民性に関して自分がこれまで集めた資料を報告書にまとめ、裁判のために使ってもらった。

そしたらその弁護士から電話がかかってきて裁判所が「こんなどこの馬の骨が書いたものから分からない資料など信用できるかッ」と怒り狂っているから反論してほしいと頼まれた。

確かにその報告書には書き手であるわたしのことについては何も書いていなかった。弁護士のところで裁判所の審査結果を見せてもらうと「個人が書いたたわごとなど信頼できない」と不認定処分だ。

そこで弁護士と陳述書を作ったが、わたしの経歴を記したところでどこの馬の骨であることには代わりはないし、わたしは個人としてしかなにも書かないので、信頼できないことには代わりはない。そんなわけで無駄なことだと思った。

だが、しばらく考えているうちに、立派で地位のある学識経験者や、国連のようなこれを信頼せずしてどこを信頼せよというのかというくらいの組織の出した文書すら、裁判所や政府や入管は自分に都合が悪ければまったく相手にしないのだから、誰が何を出そうと関係ないのだということに気がついた。

国家にとってはしょせん外の人間などみな馬の骨なのだ。ということで聞いていただきましょう、「馬の骨」のファースト・アルバムから「Red light, Blue light, Yellow light」。

遠く
手の鳴るほうへ
あの闇夜の向こうへ
心の声がドアをこじ開ける
ブルースのように